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Beauty Source キレイの魔法

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エリック1874『海岸』

エリック
1874 『海岸』

クレアから、いよいよグスタフが危ういと聞き、私はオーステンドについた。
グレートブリテンと大陸がもっとも近づく港町。
放浪を続ける彼の妖精が、いま留まっているという土地に、
海を隔てても臨んでいたいのだろうか。

「グスタフ、ああ、静かに。そのままにしていてくれ。」
「ジェラール・・・、オペラ座の方は・・・、君がパリを離れてもいいのかい。」
すでに死相のあらわれた顔を持ち上げ、グスタフは再び力なく枕についた。
「工事はほとんど終了したよ。あとは内装を仕上げるばかりさ。
もっとも、私が居心地良くいられるように、細工はいろいろ施さなくてはならないがね。」
「本気なんだね、新しいオペラ座に棲むっていうのは・・・。」
「そうだよ。音楽と美の殿堂であり、静かなる隠れ家でもある理想郷だ。
巨大な棺桶みたいなものでもあるな。」
「僕のものも、ぜひ君に作ってもらいたいな。」
「何を?」
「天使のラッパが鳴り響くまで、横たわりて、しばしの静寂を味わう冷たき寝床をさ。」
「・・・心得たよ、グスタフ。では、私が地下に運び込むベッドと対で作ろう。」

半ば骸骨と会話しているような気持ちを抱えて、私は外に出て町をうろついた。
夏は避暑地として観光客で賑わうここも、いまは静かなものだ。
通りに連なる土産物屋には、たくさんの仮面が並んでいて、
そのどれもが、虚ろな面を見せている。
「謝肉祭がはじまるまではね、寂しいもんですよ。ここいらの有名な仮装パーティを見に?
ええ、来週の終わりにね。『死んだ鼠の舞踏会』っていうんですけど。
その格好ならそのまま参加できますよ。」
「アンソール骨董品店」と看板が掲げられた店の女主人が、私の姿をしげしげと見て言った。
死んだ鼠(ラモルト)の舞踏会?そいつはまた趣味のよい。
ゴーストからの、死にかけた男への手向けにふさわしい宴ではないか。

「いっそ骸骨は、売っていないのかな。」
「骸骨?お土産にでも?」
「いや。なければいいんだ。」
「ここにはいま置いていないけど、よかったら海岸においでなさい。
ちょうど、うちのジェームズがいますから。ここをまっすぐいって、そう。
何か描いてると思うから、つかまえて聞いてやってくださいよ。
喜んで見せてくれるでしょう。」

ジェームズとやらは、すぐに見つかった。
14.5歳の少年で、青い仮面を被り、一心不乱に筆を動かしている。
声をかける前に、画帳を覗いてみて驚いた。
船かカモメでもと思ったそこに、夥しいしゃれこうべが並んでいたのだ。
たしかな筆致で描かれたそのどれもが、様ざまな色かたちの仮面を被って、
こちらを見据えている。

「骸骨を見せてくれると、君のお母さんに店できいてきたのだが。
この絵のことだったのかな。」
少年は私の顔をみて何も言わずに立ち上がると、数歩進んで足元の砂を、
慣れた手つきで掘り始めた。
たちまち、ごろごろと人骨が出始め、しゃれこうべも数個、顔を出した。

200年前のスペインとの戦闘で、この町には何万人もの犠牲が出たのだそうだ。
この文明の19世紀になっても、まだそのままにおかれていると。
この少年は店にある仮面と海岸にある骸骨に、日々親しみ、それらを写し取っているらしい。
もっと他にも、描くものはあるのだろうに。
この陽光の下であってさえ、導かれるものには逆らえないのだろう。

私は少年と店に戻り、女主人に骸骨の仮面の注文を出した。
「来週の舞踏会までに、至急頼む。できれば君の息子に、作らせてやってくれるかな。」
少年の顔が輝き、私はデッサンをグスタフの住まいに届けるよう伝えた。
私も生きたる骸骨のようなもの。
どうせなら盛大に、仲間同士でグスタフを送ってやろう。

2005.09.25


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